4/12/2015

自分自身を愛する






いま、LINE等でつながっていないと落ち着かないという子ども達が多い。

facebookでも友達の数が表示され、

見知らぬ人へアプローチをして承認をもらい、

誰かと競っているかのように数が増えていく。

それを見て安心するという。



 

いつも誰か仲間と一緒にいないと落ち着かないのは、

自分が危険な状態にいるという証拠だ。



 

本当の自分を探すために、誰かを求める。

自分をもっと相手にしてほしいから、友人を求める。

漠然とした安心を求めて誰かに頼る。

なぜ、そうなるのか。

孤独だから。

なぜ、孤独なのか。

自分のありのままを愛することがうまくいってないからだ。



 

しかし、インスタントな友人をいくら多く広く持ったとしても、

孤独の傷は癒されず、自分を愛するようにはなれない。

一時のごまかしにすぎない。


 


では、自分のありのままをどのように定義しているだろうか。

何をどれだけ受け入れて

何をどれだけ受け入れていないのだろうか。



 


長年の葛藤は、自己が存続するための隠れた戦略であることが多い。

それによって、長年私たちはずっと生かされてきた。

しかし、葛藤も執着も深く解放しようとするなら、

まずは、どんな自己も受け入れ

ひとつひとつ慈しみ、感謝して、愛するのだ。

そこに、パラドックスはある。

やがて、奇跡は起こる。




 
自分自身を本当に愛するためには、

内側の全てを受け入れ、

己の道を見つけ、

独立独歩自ら歩いていくのだ。

 



そこにはまだ苦痛がある。

しかしそれは、こころの筋肉を鍛える苦痛なのだ。